ジャケット・アート・コレクション

-Vol.3-
今回は浦島五月と岡崎凛が担当しました。
Art Blakey, Joshua Redman/ Seigen Ono, Milt Jackson, Naked City(John Zohn)

 

♪ この1曲・このジャケット・続き by 浦島五月

 

Art Blakey / 'It’s Only a Paper Moon')

和太鼓のライブを聴いていると時間の経つのが早い。ボーカルもなく、聴くというより、呑み込まれている。アンプを通さずにその場の空気に浸ることのできるライブでしか味わえないものがある。ドラムソロも同様だ。飽きることなく続くドラムソロがCDになってしまうと3分で退屈になってしまうのに。録音や再生の技術もあるだろうが、このライブアルバムはタイコのブレイキーがリーダーなのにソロのパートが少なく、タイトでカラフルなバッキングが心地よい。若きクリフォード・ブラウンやリー・モーガンからウィントン・マルサリスまで、彼のバンドは一流トランペッターの登竜門になっていたが、このルネッサンス・クラブではフレディ・ハバードを起用している。この時期のジャズ・メッセンジャーズはフロントが分厚い三管編成でハバードtpのほかウェイン・ショーターtsにカーティス・フラーtb、そしてバックはブレイキーdsとシダー・ウォルトンpにジミー・メリットbと充実していて聴き応えがある。
Three Blind Mice/ Art Blakey & Jazz Messengers

 
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(Joshua Redman / 'My One And Only Love')

ブラザーズ・バンドは多いが、このジョシュア・レッドマンはキース・ジャレットのバンドにいたデューイ・レッドマンを父とする二代目。オーネット・コールマンみたいに親子で組んでいるわけではない。ヴィレッジ・ヴァンガードでのライブということで長めの演奏が多く、アルバムはCD二枚になっていて、スタンダードだけピックアップしてゆっくり聞くこともできる。静かに始まるこの曲は、バリバリ吹きまくるのではなく、だんだんと緊張感が高まるように盛り上がる。この若きジョシュアを支えているのはちょっと大げさなブライアン・ブレイドのドラムかもしれない。
Spirit of the Moment / Joshua Redman

(浦島五月、ここまで、このシリーズの続きは「このアルバム、この1曲」に続きます)


♪ 「ジャケットと中身の一体感」 by 岡崎凛

Seigen Ono Ensemble / Montreux 93/94

 
このCDはローテル社のCDプレイヤーを買った後しばらくして、ローテルジャパンの進藤さんという人が製品番号シールか何かの送付の際に同封してくれたもので、自分にとっては「オマケ」のようなものだ。そのときまでセイゲン・オノについて全く知らなかった(正直言って、今もよく分からないけど、録音技術に詳しい人の間では著名な人なんだろう)。こうして私の中では、このやたらインパクトのあるジャケットとSeigen Onoの名前が結びついてしまった。
このCDはモントルー・ジャズ・フェスティバルでのライブ録音だが、93年と94年の作品をほぼ交互に登場させる。初めて聴いた時は、ヨーロッパの薫り高く、高尚でエズニック趣味で、やや近づき難いと思ったが、その後渋さ知らズオーケストラなどを聴くようになってから、違和感が消えた。しかし今もヨーロッパのトラッドに詳しくないので、1曲目を聴いて思い出すのは、梅津和時のバンド、こまっちゃクレズマである。ただ、このバンドや渋さ知らズの、我流と亜流が本流に流れ込むようなチンドン屋的バイタリティーに出会ってしまうと、このセイゲン・オノ・アンサンブルは、完成度は高いけど、大衆の体臭をカットしてしまったところがあり、それが物足らなくなる。
しかしそのあたりは好みの問題だろう。ジャズにユーロ・トラッドのエッセンスを加えて発展させたような無国籍音楽の根幹にある、やや日本的なメロディーが美しい。

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Milt Jackson /At The Musium Of Modern Art

国内向けタイトルは、『近代美術館のミルト・ジャクソン』で、MJQではなく、Milt Jacksonが1965年にニューヨークのMOMA美術館彫刻ガーデンの野外コンサートのために集めたメンバーによるライヴ盤。
LimelightレーベルのLPにはとても面白いものが多いらしいが、その中ではわりとオーソドックスと言われるこのアルバムの紙ジャケシリーズCD再発盤を開いてみると、ジャケット内側に、英文解説と数枚の写真が載った縦長の小さなパンフレットのようなものが貼りつけてある。たぶん復刻盤だから、オリジナルの縮小コピーのようになっているのだろう。そのミニサイズのパンフレットの英字は細かすぎて読めないのだが、ページをめくると右の写真が出てきた。直立する2体のジャコメッティ作品の間に直立するMilt Jackson氏が何だかすごく可笑しい。
CDに収録された曲の中にも、フルートで参加したJames Moodyの'Flying Saucer' というユーモラスな曲が入っている。空飛ぶ円盤の歌が入り、呑気な歌声が楽しい。

もしも、ブルースという言葉を聞いて思い浮かべるミュージシャンは誰かと尋ねられたら、自分はMilt Jacksonと答えるだろう。珍しい選択かもしれないけど、著名なブルース・ギタリストより、彼のヴァイブの音色を思い出すからだ。MJQでの演奏も素晴らしいが、それ以外のグループで彼の聴かせる楽しい音やブルージーな音にもっと惹かれる。一度もライブ聴いたことがないが、彼はアーティストというよりも、いい芸人であろうとした人ではないかと思っている。

 

Naked City/Grand Guignol

John Zornに興味はあったが、最初に何から聴けばいいか分からず、友人がこのCDと他2枚を譲ってくれて初めて聴くことになった。Fred Frithがベースで参加しており、ジャズ要素は少ない。
それにしてもこのジャケットは、やたらと気味が悪い。CD裏にも、中にも薄気味悪い写真や絵が並ぶ。アルバムタイトルの「グラン・ギニョール」というタイトルからしてホラー趣味だけど、Naked Cityのジャケットはどれもその筋の縁起の悪そうな写真や絵ばかり使っているようだ。
このアルバムでは、どうやらリスナーを
「グラン・ギニョール」の観客に見立て、恐怖を煽る出し物としての作品、もしくはそのBGM、間奏曲などを演奏しているらしい(国内盤のライナーノートやCD評を読んでいないので、自分の推測です)。
まず1曲目の’Grand Guignol’のJeuy Baronのドラムが凄まじい。静寂と轟音を交互に駆け抜け、攻撃的で激しい演奏に度肝を抜かれるが、聴いているうちに緻密な構成に気づく。2曲目のドビュッシー曲が美しく、3〜5のスクャービン曲で不安定な心理状態を描写する。Bill Friselのギターの音はふわふわとつかみどころなく浮遊する。7でいきなり歌が入り、8はゆったりと静かな曲だが、不協和音使いが不吉な出来事を予感させる。
9〜41曲目は、最初「ノイズ・パンク・イントロクイズ?」と思ってしまった。聴き直してみると、HMもフュージョンもプログレもジャズもごった煮である。短い曲が延々と続く。ヤマツカ・アイなるヴォーカリストが絶叫し、爆音ギターと爆音サックスが炸裂したり、グルーヴィーなキーボードが挿入されたり、ところどころ面白い部分もあるけど、どの曲がどうこうという説明は意味がなさそうだ。タイトルを見てもまじめにやっているとは思えないし、疲れるので、ちゃんと続けて聴いたことがなかったが、久々に全曲聴いてみた。もともと爆音が苦手なほうではないし、部分的には面白いのだけど、絶叫ヴォーカルは楽しめなかった。
それでもトータル・アルバムとしての構成はよくできている。プログレ・ファンには2〜8曲目がおすすめ。ジャケット・デザインに限らず、何でもやり過ぎなのがこのグループの流儀らしい。

(岡崎凛、ここまで)