グチダラ制度徘徊

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政の民営化を正面から論ずるなら、国家財政との関わりを捉えて、そのシステムの裏側を窺がうべきだろう。財務当局の正規のコントロールを離れ、地方の奥深くに国営金融機関が拡散している事は興味深い。民営化というなら、地方の自治体の末端には保育施設や介護施設が民間施設に混じって残され、公務員が民間と何も変わらない保育や介護を行ない、民間では指導に従って公務員と変わらぬ保育や介護の管理をさせられている。機会があれば、このような視点から考えてみたいのだが、今は自分の日常にこだわる。

 地方にいると、郵便局というのはまだまだあり難いものだ。コンビニの方が郵便局よりも多くある地域の方が増えているとは思うが、コンビニのない海辺の集落でも郵便局なら見つかることが多い。キャシュカードの使える金融機関が限定されていたような昔なら、旅行などで高額の現金を持たずにあちこち周ろうとするとき、郵便貯金の通帳と印鑑を持っていれば残高さえあればかなりの場所でも引き出すことが出来た。今でも、奥地に入ると銀行を探すよりは郵便局の数は多いだろうし、だいたいは窓口がヒマなので待たされずに振込や引出が出来る。どう言う訳だか、銀行が文書扱いの振込を受け付けなくなったので全て電信扱にせざるを得ず、結果として郵便局のほうが振込手数料も安く済んでしまう。
 中小零細企業にとっても郵便局は便利な存在だ。信用金庫並に小回りが効き、毎日の売上金の回収までは期待できないかもしれないが、銀行員なら相手してくれないような小さな所も赤いバイクで顔を出して上がり込み、面倒な手続は全部やってくれる。声を掛ければ、「簡保の宿」とかも手配し、旅行代理店のような業務を上手にこなす。保険が満期になれば、証書に1つか2つ判子を押すだけで、現金を見ることなく次の保険に切り替えを終えてしまう。一昔前には、大蔵と郵政の間で見解が違ったのか、簡易保険の満期金などは分割すると課税されないとか、幾つかの局に分割すると郵便貯金の残高や通帳名義は税務当局には分からないとかで、町工場の裏金作りにも積極的に一役買っていた時代があったようだ。

 こんなに便利な郵便局、本当に便利で効率的なら、もっともっと増やしてはどうだろう。コンビニなどと業務提携して窓口を増やし、中高齢者を営業職員にどんどん採用し、郵貯や簡保・郵便に限らず小口融資・自動車保険・宅急便など業務を拡大し、民営化などといわずに分割して払い下げることにすれば単なる時間稼ぎはできない。むしろ、「民業圧迫」となるだろうから、長期間の保留は混乱につながる。私的なプログラムを挟むなら、民営化(払下)までに並行して、役人に対する退職金課税を強化することで、役人の長期在籍の保身的引き延ばしを抑制する。共済年金は厚生年金に統一し、既受給者も含めて厚生年金の水準に引き下げて民間との格差を解消し、郵政職員を民間の労働市場に適応させる。膨大な国家予算を投入して行われている教育訓練は各職員一身専属の資産であり、民間労働市場においては年金権を凌ぐ価値を有するものと考える。官民格差是正と教育訓練資産を根拠に、郵政に限らず共済年金の既得権は解消してよい。民間企業なら、数ヶ月の教育訓練費(食い逃げ)の回収でも大問題になるところなのだから。

 民営化に関わりなく、地方で暮らす者として、便利な郵便局に期待するものは沢山ある。まずは、融資が一番。サラ金業者に資金を回して確実に回収しようなどということにならないかと心配している。私なんかが本当に資金が必要な時に銀行に融資を頼むと、金利は上がるは、抵当は要求されるは、保証料は上乗せされるは、ついでに融資の一部を定期預金として「拘束」されてしまいそうな勢いだ。国民生活金融公庫も「無担保・無保証」といいながら、まずは担保や第三者保証を探ってくるし、当然ながら金利は割高の提示になる。労働組合のある大企業のサラリーマンだと労働金庫が何かと便利で役に立つが、レベル的にこのような事を期待したい。事業資金の融資は別として、100万〜200万迄の自動車の買い換えや車検・修理、家具・家電品の買い換えなど、借りに行くところがない。金額は大きくなるが、住宅ローンも銀行によっては足許を見透かしたような対応に尻込みしてしまい、話の途中で諦めざるを得ないことがある。地域の中である程度の取引をしている事を条件にしてもいいから、町の「労金」並の融資を期待したい。

 次に、もう一つ、下らない期待がある。何とか送金手数料を抑えられないだろうかという事だ。低金利の中で各金融機関は手数料収入を確保しようとしているようである。融資の際には見掛けの金利は割安に映っても、保証料とか手数料を融資額から差引されると、実質金利は何割増にもなることがある。振込料もいつの間にか電信だけになってしまい、数千円を振り込んでもらうのに数百円の振込料が引かれ、勝手に消費税は値引し源泉税控除となると殆ど2割引になってしまう。私の場合だと、普段なら即日入金の必要はなく、3日や4日なら遅れても構わないので、一般金融期間への振込を取扱う事ができるようになるのなら、文書扱いの送金が復活する事を密かに期待している。

 郵政本来の郵便事業については民営化で何が変わり何を残すべきなのか、よく分からない。宅配便やEメールが当り前になっても、今も、請求書の発送は郵便によるものが圧倒的だ。書留でも速達でもなく、全てが普通便だ。心理的な理由なのかもわからない。これと関係なく、ずっと前から不思議に思っている事がある。郵便番号の事なのだが、これは電話番号と違って記入しなくてもちゃんと配達されるし、記入しないことによって料金が割増される事もない。それなら、機械に仕事をさせるよりは人間が仕事をした方がいいに決まっている。だから、郵便番号は記入しない方が人間の仕事が増えるし、当然ながら給料も増えるはずだ。きっと、郵便番号を記入しない方が喜ばれるに決まっているという結論をだすことができる。同じように考えると、NHKも新聞も保険料も口座引落しよりも集金の方が人の役に立っている。郵便番号記載のない郵便物に料金加算制度ができるのではないかと心配だ。

 郵政の民営化と併せて比べて見たいのは、国鉄と電電の民営化のことなのだが、残念ながら何も記録を整理していない。斜陽の国鉄と破竹の電電という印象がある。私鉄のない地方では国鉄が鉄道の全てだった。私の住む地域でも私鉄は廃線寸前で、通勤・通学は国鉄を使っていた。並行する道路はどんどんと整備され現在は自動車での移動が全てといってよい。それでも、まだ新幹線が通っていない本線なので特急列車は日に何十本かは走っている。電化も複線化もされていなかった過疎地域の支線は昨年と数年前とに廃線になっている。そのうち、新幹線が開通することにでもなれば、在来線の一部は存在価値を失うだろう。政治的利用の後始末として国鉄の民営化は、分社化により一時的には地方の意向を汲むこともなされたのだろうが、地域の住民にとっては「廃線」が結末だった。もちろん、その後も道路は整備され、住民は減り、学校は統合され、公共事業は誘致されている。民営化も分社化も関係なく、国鉄マン達は最後までプライドを持ち、運転し、整備し、保線し、鉄道を愛していた。非番でも正月に雪の予報が出ると、一升飲みが酒を控えて除雪に備えるほどだったから。きっと、尼崎脱線事故のJR職員達もそうだったろうし、事故もまた一つの結末だったのだろう。

 JRと比べてNTTは何も見えない。印象だけから言うといまだに通信インフラ独占のように受け止めているのだが、民営化と民間開放とは違うというだけのことなのだろうか。電力会社ではないのだから、もう少し何とかできないのかというところがある。公営企業より独占企業はもっとたちが悪い。電話加入権というのは電話を引くための工事費でも手数料でもなく、電話設備を設置するための出資のように説明されたように思うのだが、民営化されるとこの話は消散してしまったのか。赤字決算の中で僅かに計上できる貴重な資産として、我が貸借対照表にはきちんと記載されている。不良債権にでも振り替えろというのか。
 NTTが見えないのは“NTT”系列会社の乱立もあるのかもしれない。多分、ということでしかないが、かつて電話交換手は夜間も勤務があるためかなりの人数を抱えていて、解雇していなければ何かの仕事を宛がわなくてはならない。きっと、そういう人達の職場を作ってあげたのかと。国鉄職員の多くが早期に退職し年金も割の悪い厚生年金に吸収されたことを思えば好条件ということになる。携帯電話の発達と並行するような時期、電電は「独占」の臭いを嗅ぎ分けながら探ってみるべきなのかもしれない。

 
 
2005.9.06

浦島五月

to be continued