ジャズCD + Live 行き当たりばったり

「秋のソロ」(町家ぎゃらりー妙芸)と
2005年に聴いた川嶋哲郎のライヴ
を振り返って

No.24

ライブを聴きに行った翌日に、そのミュージシャンのCDを聴くことはあまりない。頭に残る余韻が消えそうなので、全くジャンルの違うものを聴くか、何も音楽を聴かないで過ごす。

2005年11月13日、既に何度も足を運んだ、京都のぎゃらりー妙芸で、川嶋哲郎のソロ演奏を聴いた翌日、自宅のベランダから見える桜の木々の紅葉の色が、なんとなく違って見えた。芝生に落ちた木の葉が水を含み、黄色から赤みを帯びた色に変わりかけている。凡庸なコンクリートの階段も、ペンキが剥げ落ちて錆が目立つ金属パイプの柵も、その横の落ち葉を一杯入れた透明なビニール袋さえも、細かな水滴に包まれて、それなりのあでやかさを備えている。ふだんとまるで違う空間に身を置き、管楽器一本の音から奏でられる音に向かった後、自分の頭の中も、少しばかり「更新」されたらしい。

生来のうっかり者なので、この日も段取り悪く、主催者平石さんの開演前挨拶の直前に着席。(おそらく、私が座るまで挨拶を待っていたのだろう。) 今回もこの企画に自分を誘ってくれた、こずえさんが前のほうの席を取っていてくれた。少しばつの悪い思いを引きずりつつも、演奏が始まれば、そうした日常とはしばしのお別れとなる。和室の座布団に座り、川嶋ソロの世界にどっぷり浸る。テナー・サックスの音が、今まで以上に大きく聞こえたように思えたのは、気のせいだろうか。前半は、MCほとんどなしで、スタンダードを演奏したが、スタンダードの曲名をほとんど覚えていない自分は、頼りない記憶をたぐり寄せるばかりだった。しかしそんな考えも、演奏を聴いているうちにいつしか消えていく。
とにかく、彼の頭の中で星座の星のようにつながる曲が、その日の会場の空気に合わせて、瞬時に選び出されている気がする。曲のテーマの端々は聞こえるが、演奏はそこからの脱線を最初から予定しているのであり、とびきり面白い脱線が起こりそうな曲が選ばれている気がする。ハプニングを演奏に取り込めば、いつだって失敗と隣り合わせだ。けれど、彼の演奏で一番スリルを感じるのは、音楽と音楽と呼べぬものとのボーダーラインに接近するときだ。簡単に収拾に向か ってはつまらないし、かといって「結び」はやはり必要だろう。こうして、ぎりぎりの線上に彼は立っている。そしてリスナーは、彼の身体を介して放たれた音を、それが広がる空間を、共有する。

フジハラビル窓側 フジハラビル屋上
フジハラビル屋上に
ある壁。
会場での演奏後、こ
の前でも1曲演奏が
聴けました。
フジハラビル窓側 フジハラビル会場内
フジハラビル会場内

フリー・ジャズをよく聴いてきた人なら、それは昔からあるやり方だよと言うかもしれない。だが、会場自体がライブのテーマの一部となるような企画はあまりないと思う。2005年に、こういう企画を楽しむ人たちが、こじんまりとした会場に集まること自体に、嬉しい驚きがある。
休憩後、演奏場所を土間に変え、彼はフルートを吹き始めた。今まで聴いたことのない音づかいについて、「満月のときに演奏されるラーガ」だと、後で説明があった。インド音楽の決まりごとについての、演奏者本人の説明が面白い。今後はこういう曲ももっと聴きたいと思った。続く曲は、「こきりこ節」「竹田の子守唄」と紹介があったが、どちらも原曲から大きく変化していた。その後また和室の中央に戻り、ソプラノ・サックスで1曲、残りは再びテナー・サックスでの演奏となった。オリジナル曲の後、 アンコールは「枯葉」、「見上げてごらん空の星を」を演奏。拍手の中、目を潤ませた平石さんが和室中央に出て来た。挨拶を聞くうちに万感胸に迫る思いが伝わってくる。

川嶋哲郎_05年11月
この日に使った楽器
とエビアンのボトル
- 妙芸で演奏後の川嶋さん - 床の間の楽器

川嶋哲郎のサックス・ソロについては、昨年にもすでに長々と紹介したので、今回はこの企画の主催者の平石さんについて書いておきたい。3月と4月のソロ、8月の山下洋輔氏を迎えてのデュオ、そしてこの日、11月のソロ2daysが彼女の本年最後の企画となる。今年はその企画に4日分お付き合いすることができた。会場でのサックスソロを収録したCDの天元シリーズも続編が発売され(これはPJLレーベルの企画だが)、本当に充実した一年だったと思う。
熱狂的な川嶋ファンである(断言してすみません)平石さんの企画では、会場選びが非常に重要だ。会場の窓から何時頃まで日が差し、夕暮れ時にどのような光が漏れこむかまで考え、開演時刻を決めるという。この春、大阪のフジハラビルでは、会場から屋上まで移動してサックスを聴いた。保存運動が続いている神戸市の洋館、旧乾邸には、まだ足を運んでいないが、あえてこうした場所を会場とすることに彼女の真摯な姿勢が伝わってくる。このように会場選びにこだわり、マイクを使わないことにこだわり、自腹でチケットを買うお客さんだけを入場させることにこだわる平石さんのお蔭で、いい企画 を楽しませてもらってきた。自分は移り気で、一人のプレイヤーの活動を追うのがあまり得意ではないのだが、平石さんの人柄に惹かれることもあり、ライヴ会場に足を運んできた。
サックス一本ということで、最初は、かなり「しんどい」企画なのではないかと思って聴き出したが、聴き始めれば予想外の面白さがあり、何度も聴くほどに様々な変化が見えてきて、興味が尽きない。ここまでのお膳立てをしてもらえることに、平石さんとその支援をしているみなさんに感謝している。来年は、「若葉の美しい5月に、京都・妙芸で」またソロライヴを予定しているとのこと。 


付記:

今回も、前にも紹介したこずえさんのサイトを、参考にしました。

http://www6.plala.or.jp/broccoli/diary/diary.html

川嶋哲郎ソロサックスを収録したCD、“天元”シリーズについては、川嶋哲郎オフィシャルサ イトをご覧下さい。

http://tetsudas.com/

今年聴いた川嶋哲郎のライヴについての補足:

4月には大阪市内のフジハラビルと京都・妙芸での両方で、川嶋ソロライヴを聴いた。フジハラビルも面白い会場だったが、音響については、木造の妙芸のほうが自分の好みだった。
8月の神戸市酒心館ホールでの「川嶋哲郎×山下洋輔Duo」も素晴らしかったが、その頃は体調が思わしくなく(単なる夏バテだが)、ライヴレポートが書けなかった。おそらくチケット完売は早いと思って、めずらしく自分から早めに予約を入れた。案の定、チケットは完売したという。ここも素晴らしい会場だった。山下洋輔を向かえて、感慨深げな川嶋さんの表情が忘れられない。互いのオリジナル曲、日本の歌曲を取り上げたこのライブは、当然和やかな対話にとどまることなく、この2人ならではの激しい展開となった。「あの町、この町」では、過ぎ去った時代を惜しみつつ、中途半端な郷愁を排除する厳しさが共存するようだった。拍手を送りながら、時の過ぎるのを惜しんだ。

今回の写真は岡崎が撮影しました。手ぶれその他、すみません。

(2005年12月 岡崎凛)