ジャズCD + Live 行き当たりばったり
|
No.27
|
|||||||
Beyond All
Masabumi Kikuchi & Greg Osby |
||||||||
1.Vista (G.Osby) Masabumi Kikuchi[菊地雅章](piano) Recorded March 25 & 26, 2005 at Avatar Studio C, New York |
||||||||
昨年(2005年)12月にpooさんこと菊地雅章とGreg Osbyが大阪にやって来ると聞き、会場はどこだろうと思ったら、新世界BRIDGEだった。大阪在住でなければ知らない人も多いだろうが、天王寺区にある動物園前のフェスティバル・ゲートという、すっかり寂れたテーマパークの一角に、NPO法人の事務所やインディーズ系のCDショップ、ダンスや音楽のライヴが行なわれるイベント会場が並んでいる。空洞化していく建物の放置するのが勿体ないという発想で、こうしたテナント利用を進めたらしい。 |
||||||||
|
||||||||
![]() |
MCはなく、いきなり演奏は始まった。ピアノを弾く菊地雅章は、張りつめた空気を一身に集め、時に身を捩じらせる。全神経を集中させて音を探すかのように、声を漏らす。熱さと静けさが表裏一体となったような世界。1曲目が終わり、聴衆が、我に返るように拍手を始める。 菊地雅章の演奏を聴くと、いつも絵を描くような演奏があると思う。物語的に流れるのでなく、断片的な映像を並べたような展開があるように思う。時にはGreg Osbyが、太目の絵筆で伸びやかに描くようなサックスを吹き、菊地雅章が小刻みな音で呼応する。こうして対話するような演奏が続くかと思えば、いきなり片方からモノローグが始まる。突如場面が変わるようで、音楽を聴くというより、二人の役者の芝居を見るようだ。どこから打ち合わせにない展開になるのかは分からないが、静と動の対比の面白さを、この二人は熟知しているらしい。全体的には、二人が組み合って勝負をするというより、高度の神経戦を互いが楽しんでいるという感じだった。ぎりぎりまで破綻に近づき、その淵に来れば見事にかわしていく。二人の見せる間合いの素晴らしさに息をのみ、そして拍手を送った。 演奏されたのは、CD“beyond all”に収められたオリジナル曲や“Round About Midnight”を中心とした曲で、スピードは抑え目だったが、集中力とエネルギーは、一度の公演にこれほど費やせるのかと思うほどだった。曲目が把握できず、さらに演奏後2ヵ月後に書いているので、中途半端なライヴレポートになってしまったが、とにかく期待以上の演奏に出会えたし、会場のセッティングにも、集まった聴衆の反応にも、全て満足できたことは確かだ。会場が寒かったことは多少気になったが、それも忘れるぐらいに演奏に聴き入った。 |
|
||||||
ライヴレポートがすぐに描けなかったので、CD紹介をしようと書き始めたのだが、結局ライヴのことばかり書いてしまった。しかしこのCDについては、ライヴ紹介がそのままCD紹介につながるのではないかと思う。スタジオ録音のCDとライヴ演奏は普通ならかなり違うものになるが、今回の作品については、CDとライヴ演奏の両方が同じコンセプトに基づいて演奏されている。もちろん、ミュージシャンは演奏の度にいろいろな入り口を見つけて、さまざまな変化を加えていくだろうが、根幹となるコンセプトの丁寧な提示、二人の音の絶妙の間合い、接近と乖離の作り出す緊張感、いくつものクライマックスは、CDでも存分に味わうことができた。 14曲目、ピアノソロの“Bye-bye Song”はいかにも最終曲にふさわしい。闇に切り込むような強い閃光の後に、浮かび上がる薄緑色の柔らかな光。余韻にすがろうとする自分を残して、光はまたふっと消える。 [2006年2月 岡崎凛] |
![]() |
|||||||
![]() ドリンクを渡すカウンター付近が映る窓。 左は通天閣上部。 |
||||||||
附記1 “beyond all”については以上ですが、以下、菊地雅章作品についての中間報告のようなものを書いておきたいと思います。 これまで菊地雅章のCD紹介をしなかったのは、自分がどのように菊地雅章の音楽を楽しんでいるのか、正直なところ、よく分からずにいたのが大きな理由です。“On The Move”でのトリオ(ベース杉本智和、ドラム本田珠也)を聴いて圧倒されたとき以来、何とか紹介文を書きたいと思っていましたが、なかなか書くことができませんでした。自分が受け入れにくい部分について言及すると、その点だけが目に付きそうで、彼の音楽を聴き続けたい理由がぼやけそうだったからです。しかし今回の“beyond all”についてはそうした迷いはほとんど感じなかったので、自分と特に波長の合う作品に出会えたと思っています。 常に新しいプロジェクトに取り組み、「好みが分かれる=万人向きではない」という要素が強く、とことん勝負する激しさと限りない繊細さを同時に持つ。甘さに逃げないリリシズムとユーモアに満ち、T. Monk作品の演奏の面白さは抜群。 などなど、自分の考えはまだまだまとまらないのですが、なかなかpooさんについて書くことができないので、とりあえずこれだけ書いておくことにします。 |
||||||||
附記2 文中、「菊地雅章」と「pooさん」というニックネームを両方使っていますが、厳密に使い分けているわけではありません。個人的には、あの笑顔を思い浮かべたときに、pooさという名前が浮かびます。 |
||||||||
![]() |