ジャズCD + Live 行き当たりばったり
No.27
Beyond All

Masabumi Kikuchi & Greg Osby

1.Vista (G.Osby)
2.Sepia Tones (G.O.)
3.Fixaion [alto solo] (G.O.)
4.Broken Parade (M.Kikuchi & G.O.)
5.Journey From Here (M.K. & G.O.)
6.Dance Of An Elephant(And A Buzzing Bee)(G.O & M.K.)
7.Anthem For Two (M.K.)
8.Counteraction [soprano solo](G.O.)
9.Counter-Counteraction [piano solo](M.K.)
10.'Round About Midnight (T.Monk)
11. Infinity (G.O. & M.K.)
12. Phantomime (M.K.)
13. Swing Spring (M.Davis)
14.Bye-bye Song [piano solo](M.K.)

Masabumi Kikuchi[菊地雅章](piano)
Greg Osby (alto & Soprano sax)

Recorded March 25 & 26, 2005 at Avatar Studio C, New York
55Records FNCJ-5509


昨年(2005年)12月にpooさんこと菊地雅章とGreg Osbyが大阪にやって来ると聞き、会場はどこだろうと思ったら、新世界BRIDGEだった。大阪在住でなければ知らない人も多いだろうが、天王寺区にある動物園前のフェスティバル・ゲートという、すっかり寂れたテーマパークの一角に、NPO法人の事務所やインディーズ系のCDショップ、ダンスや音楽のライヴが行なわれるイベント会場が並んでいる。空洞化していく建物の放置するのが勿体ないという発想で、こうしたテナント利用を進めたらしい。
フェスティバル・ゲートには何回か来たが、新世界BRIDGEに入るのは初めてだった。倉庫と学校の音楽室の中間のような会場であり、大きな窓から通天閣上部のネオンが見える。椅子も機材も、中古品の使い回しらしい。高級感と全く縁のないライブハウスだが、窓が広く、夜の風景と一体化するロフトのような場所で、今回のデュオを聴くにはぴったりかもしれない。
開場と同時に店に入り、ピアノの前の席を取った。平日だから、早めに来る人は少ない。演奏前のピアノの調律が丹念に行なわれていた。ひどく寒い夜で、コートを脱ぐ気にもならない。アルコールは苦手なのだが、あまりの寒さに焼酎のお湯割りを飲むことにした。席に着こうとすると、何とpooさん本人がノートパソコンを使って、音響をチェックし、ピアノの調律担当者に指示を出している。何ともピリピリしたムードの本番前だった。

Bridge入り口 ピアノ
新世界Bridge入り口。サブカルチャーの匂い漂う。
開演前のピアノ。念入りに調律されていました。

MCはなく、いきなり演奏は始まった。ピアノを弾く菊地雅章は、張りつめた空気を一身に集め、時に身を捩じらせる。全神経を集中させて音を探すかのように、声を漏らす。熱さと静けさが表裏一体となったような世界。1曲目が終わり、聴衆が、我に返るように拍手を始める。
初めて聴くGregOsbyとのデュオの前に、“beyond all”を一度だけ聴いていった。CDで聴いたときにはさほど感じなかったが、演奏を聴くうちに、日本の和室や庭の端々が目に浮かんできた(といって海外の庭園は見たことがないが)。日本人サックス奏者ではなくGreg Osbyの演奏に来たのに、こういうことを考えるのは、このところ自分が何度も京都の町家で川嶋哲郎のソロを聴いたせいだろうかとも考えたが、その後CDでの彼の演奏を聴いても、やはりその印象は変わらなかった。1曲目の“Vista”を聴いて目を閉じれば、やはり同様のイメージが湧き、風も吹いていないのにかすかな風圧を感じる。

菊地雅章の演奏を聴くと、いつも絵を描くような演奏があると思う。物語的に流れるのでなく、断片的な映像を並べたような展開があるように思う。時にはGreg Osbyが、太目の絵筆で伸びやかに描くようなサックスを吹き、菊地雅章が小刻みな音で呼応する。こうして対話するような演奏が続くかと思えば、いきなり片方からモノローグが始まる。突如場面が変わるようで、音楽を聴くというより、二人の役者の芝居を見るようだ。どこから打ち合わせにない展開になるのかは分からないが、静と動の対比の面白さを、この二人は熟知しているらしい。全体的には、二人が組み合って勝負をするというより、高度の神経戦を互いが楽しんでいるという感じだった。ぎりぎりまで破綻に近づき、その淵に来れば見事にかわしていく。二人の見せる間合いの素晴らしさに息をのみ、そして拍手を送った。

演奏されたのは、CD“beyond all”に収められたオリジナル曲や“Round About Midnight”を中心とした曲で、スピードは抑え目だったが、集中力とエネルギーは、一度の公演にこれほど費やせるのかと思うほどだった。曲目が把握できず、さらに演奏後2ヵ月後に書いているので、中途半端なライヴレポートになってしまったが、とにかく期待以上の演奏に出会えたし、会場のセッティングにも、集まった聴衆の反応にも、全て満足できたことは確かだ。会場が寒かったことは多少気になったが、それも忘れるぐらいに演奏に聴き入った。
そして演奏後のpooさんの笑顔。3年半前に“On The Move”のトリオ演奏後でも見た、あの優しげな表情に、また出会えた。演奏中の厳しい表情はすっかり消えて、拍手をするこちらも顔が緩んでくる。

Greg Osby演奏立ち位置の照明。上に通天閣のネオンが見える。
position

ライヴレポートがすぐに描けなかったので、CD紹介をしようと書き始めたのだが、結局ライヴのことばかり書いてしまった。しかしこのCDについては、ライヴ紹介がそのままCD紹介につながるのではないかと思う。スタジオ録音のCDとライヴ演奏は普通ならかなり違うものになるが、今回の作品については、CDとライヴ演奏の両方が同じコンセプトに基づいて演奏されている。もちろん、ミュージシャンは演奏の度にいろいろな入り口を見つけて、さまざまな変化を加えていくだろうが、根幹となるコンセプトの丁寧な提示、二人の音の絶妙の間合い、接近と乖離の作り出す緊張感、いくつものクライマックスは、CDでも存分に味わうことができた。
CDでしか味わえないことといえば、最後の“Bye-Bye Song”(ピアノソロ)から、もう一度1曲目の“Vista”に戻ると、非常にスムースに二つの曲がつながり、この作品がまるでエンドレステープのように構成されている気がすることだ。自分のパソコンでの再生では自動的に1曲目に戻るので、このことに気づいたのだが、CD最初の1曲目から2曲目とのつながりも非常に密接だ。まるで閉じた輪のような構成。4曲目でちょっとしたバトルのような展開があり、連続性が途切れるが、その曲名が“Broken Parade”というのは、とても分かりやすい。
pooさんの演奏中の声は、初め少し気になったが、だんだん気にならなくなってきた。ライヴを体験すれば、あの声が演奏と切り離せないものであることがよく分かる。

14曲目、ピアノソロの“Bye-bye Song”はいかにも最終曲にふさわしい。闇に切り込むような強い閃光の後に、浮かび上がる薄緑色の柔らかな光。余韻にすがろうとする自分を残して、光はまたふっと消える。

[2006年2月 岡崎凛]

Beyond All
BRIDGE
ドリンクを渡すカウンター付近が映る窓。
左は通天閣上部。
 

附記1

“beyond all”については以上ですが、以下、菊地雅章作品についての中間報告のようなものを書いておきたいと思います。

これまで菊地雅章のCD紹介をしなかったのは、自分がどのように菊地雅章の音楽を楽しんでいるのか、正直なところ、よく分からずにいたのが大きな理由です。“On The Move”でのトリオ(ベース杉本智和、ドラム本田珠也)を聴いて圧倒されたとき以来、何とか紹介文を書きたいと思っていましたが、なかなか書くことができませんでした。自分が受け入れにくい部分について言及すると、その点だけが目に付きそうで、彼の音楽を聴き続けたい理由がぼやけそうだったからです。しかし今回の“beyond all”についてはそうした迷いはほとんど感じなかったので、自分と特に波長の合う作品に出会えたと思っています。
自分が菊地雅章作品をどう考えるかは、まだまだ結論がでていませんが、ざっと言いたい放題を書いてみます:

常に新しいプロジェクトに取り組み、「好みが分かれる=万人向きではない」という要素が強く、とことん勝負する激しさと限りない繊細さを同時に持つ。甘さに逃げないリリシズムとユーモアに満ち、T. Monk作品の演奏の面白さは抜群。
音と音との間、つまり間合いを極めることに対して、常に全神経を注ぐ。当然妥協のかけらもなく、安易なまとまり方は徹底的に回避される…

などなど、自分の考えはまだまだまとまらないのですが、なかなかpooさんについて書くことができないので、とりあえずこれだけ書いておくことにします。

附記2

文中、「菊地雅章」と「pooさん」というニックネームを両方使っていますが、厳密に使い分けているわけではありません。個人的には、あの笑顔を思い浮かべたときに、pooさという名前が浮かびます。
pooさんを身近に感じるようになったきっかけは、オフィシャル・サイトでの情報交換でした。管理人のabbyさんはお忙しそうですが、ライヴツアーの情報をいつも連絡していただいています。

http://www.lovemoka.net/poo/index.htm