ジャズCD + Live 行き当たりばったり

No.20

Miles Smiles / Miles Davis Quintet

 
1.Orbits(W. Shorter)
2.Circle(M. Davis)
3.Footprints(W. Shorter)
4.Dolores(W. Shorter)
5.Freedom Jazz Dance(E. Harris)
6.Gingerbread Boy(J. Heath)

Miles Davis(tp), Wayne Shorter(ts), Herbie Hancock(p), Ron Carter(b), Tony Williams(ds)
Recorded date:October 24,1966:October 25,1966
(LP:CBS-SONY SOPL 165〔国内盤〕CD:Columbia/Legacy CK65682〔輸入盤〕)

Miles Davisについて何か語ろうとすれば、ついつい「私のような者が言うのも何ですが…」と言い足したい気持ちになったり(心からそう思うなら黙っていたらいいだけの話だ)、誰かに怒られはしないかと不安になったりする。今まで散々言いたいことを言ってきた人間が今さら何を気にしているのかとも思うが、とにかく彼について語るのはなるべく避けてきた。

それでも、やはり語りたいことはある。ジャズを聴き始めて1年ぐらい経って聴いた、この'Miles Smiles'を何回聴いたか分からない。プレイヤーが安物だったからか、LPのA面はまともな音が出なくなった。ただしそのLPは貰いものだった。

学生の頃、ジャズを聴かせる喫茶店(どうも今では、ジャズ喫茶という言葉に違和感がある)でバイトをしていた。そこの常連だった「ドラムのケンちゃん」が数枚のLPを店に寄付した。すでに店にあったMiles Davisの'Miles Smiles'と'Nefertiti'などを、店に居合わせた自分がもらった。

「ドラムのケンちゃん」は無口な人だった。一度だけ聴いたダイナミックで繊細な演奏の端々が今も記憶に残る。本名は知らない。彼が今もドラムを叩いているのか、それも知らない。願わくは、今もどこかでプレイしていてほしいと思う。そして、今も全く分からないのは、なぜ彼がTony Williamsのプレイするアルバムを他人に渡したかということ。しかし、彼の考えていたことなど、ドラムプレイを知らない自分に分かるはずはない。ただおそらく、彼はそれまでの何かと決別したかったのだろうと思う。一方私は、'Miles Smiles'の片面を延々と聴いた。Tony Williamsの演奏は、聴けば聴くほど冴え渡っていると思った。

'Miles Smiles'でのTony Williamsの演奏については絶賛以外の言葉を聞いたことがない。それは何もこのアルバム、この時期に限らないかもしれないが、最初のW. Shorter曲、'Orbits' のように、Herbie Hancockがリズムセクションから抜けて管楽器と同じようにソロを取る構成で聴くのには、格別の楽しみがある。統制されながらも、体を駆け抜ける感覚の全てを注ぎこむドラムと、Ron Carterのベースの明快な音が、3人のソロを盛り立て、しっかり支える。

いかにもWayne Shorterらしいこの曲から引き出されるのは、5人の力量のエッセンスともいうべきもので、まずはMiles Davisのソロの、とことん選び抜かれ、凝縮された複雑な旋律に圧倒される。続くWayne Shorterのソロだが、なぜかこれが彼なりの曲紹介、指針表明に思える。次が、どうしても平常心で語れない、Herbie Hancockのソロ。2人の管楽器のソロパートの直後、心にためた言葉をじっくり語り出すような演奏で、その語り口は突如思い出したかのように早くなるが、それは、勢いに任せて駆け抜けるのではない。音を重ね合わせることなく、間合いと最小限の音が生むスリル。そこに絶妙のアクセントを添えるRon Carterのベース。特に長くはないこのピアノソロだが、聴きながらいつも異世界に吹き飛ばされる。

一時期、Herbie Hancockのこのソロを聴きたくて、この曲を何度も聴いた。彼の演奏でもっと印象的なのは、他の楽器の奏でる音の隙間に切り込む素早い技なのかもしれない。しかし、そうした技をあえて制限し、管楽器同様にソロだけに集中するという方法が、この曲では見事に結果を出している。

1曲目についての説明が長くなりすぎた。個人的にはこれが一番だが、Miles Davisのソロの優美さを考えれば、2曲目の'Circle'のほうが素晴らしいという意見もあるだろう。最近買った輸入盤CDのライナー・ノートには、プロデューサーとして活躍中のBob Beldenによる詳細な曲解説があるが、彼はこの2曲目でのHerbie Hancockの演奏を絶賛し、音楽史に残る名演と語っていた。

彼によれば、'Circle'のベースとなるのはやはりMiles Davis曲の'Drad Dog'だそうだ(61年作アルバム、'Someday My Prince Will Come'の1曲であるとのこと) 。Herbie Hancockがその曲のコードを弾くようにと指示され、彼が弾いてみると、Miles Davisが次々に元のコードの前や後ろに別のコードを加えるように指示し、そうしてだんだんこの曲ができたのだという。ジャズ曲の作曲についての知識はあまりないが、こういう説明を聞くと原曲に興味が湧く。だが実は、その原曲のコード進行の一部も、'Blue In Green'(アルバム'Kind Of Blue' 収録曲)を基本にしているのだという。名曲はこうして改変され、リサイクルされるのかと思った。しかしそれよりも、次々に曲とアイデアが浮かぶリハーサルの現場が目に浮かぶ気がして、何とも興味深い。

緊張感みなぎるアルバムだが、全曲聴くと、この時期のMiles Davis Quintetのスタジオ録音盤独特の薄暗い雰囲気が多少気になる。この雰囲気を生んだ立役者がWayne Shorterだと言われるが、もちろん彼一人の仕業ではなさそうだ。しかし、なんと言っても彼の曲が、この時期のMiles Davis Quintetの魅力と独特の色合いを決定付けている。

'Nefertiti'/ Miles Davis Quintet

1.Nefertiti
2.Fall(W.Shorter)
3.Hand Jive(T.Williams)
4.Madness(H.Hancock)
5.Riot (H.Hancock)
6.Pinocchio(W.Shorter)

Miles Davis(tp),Wayne Shorter(ts),Herbie Hancock(p),Ron Carter(b),Tony Williams(ds)

Recorded date:June 7,1967;June 22,1967;July 19,1967
(LP:Columbia CS9594〔輸入盤〕)

 

'Miles Smiles'以降、いわゆる電化マイルス時代に入るまでのMiles Davisのリーダー・アルバムでは、独特の陰鬱さをたたえた作品が多く登場する。Wayne Shorter作のタイトル曲の'Nefertiti'には、心の底のねじれを探り出すような印象がある。このアルバムでのアレンジも独特で、管楽器はテーマの反復あるのみ。Miles Davis とWayne Shorterのソロが、時に寄り添う影のように重なり、微妙な遅らせ方をする以外、余分な芸を入れない。漂うような管楽器の音と対照的に、うねるようなドラムと鋭角なピアノの音が要所で曲を盛り上げるが、最後まで「解釈」を忠実に守り、決められたスタイルが保持される。それが凄いといえば凄いし、物足らないと言えば物足らない。それでも、この曲の最初のWayne Shorterの、不透明な液体が流れ出すような音には、強力な吸引力がある。延々と反復されて、複雑なメロディーも頭から離れなくなる。

とは言っても、LPのMiles Davis ' At Plugged Nickel, Chicago'(「プラグド・ニケルのマイルス・デイヴィス」)や、このライヴのCDボックスセット(未聴です)など、このグループのライヴ盤を聴いて、その魅力に捕まった人にとっては、こうしたスタジオ録音の作品が迫力不足に思えるのではないだろうか?あの空前絶後のエネルギーに触れた後には、どうも肌寒い気がしてしまうかもしれない。自分も「プラグド・ニケルのマイルス・デイヴィス」を聴いて、一時期は、これ以上のライヴ盤はないと思っていた(詳しい感想は今後書く予定)。だが、あの異様な熱気を生む根底には、後にスタジオ録音盤に結実するものへの予感があったと思う。大きな変化へのただならぬ期待感があって、あのライヴ演奏が生まれたのだと。どちらが好きかについては意見が分かれるだろうが、このクインテットのスタジオ録音盤の魅力は、ライヴ盤とは別のところにある。

'Nefertiti'がコンセプトアルバムと言えるのかどうかは分からないが、1曲目の雰囲気を崩すことなく静かに2曲目が始まり、'Miles Smiles'以上にアルバム全体の統一感が感じられる。この抑制の効いた静かな世界は、いかにもMiles Davisらしい。さらにWayne Shorterの作風の根幹が、このアルバムにあるように思う。2曲目では、茫洋とした世界に漂いつつも、いかにも彼らしい叙情的なソロを聴くことができる。3曲目、暗雲が立ち込めるような緊迫感があり、いかにもこのクインテットらしいタイトな演奏。これもバックでのピアノの音は抑え、ドラムとベースが動き回る構成。4曲目ではドラムの躍動はセーブされて管楽器とピアノのソロが際立つ。淀みないトランペットのソロと対照的に、サックスソロは、意識の彼方からゆっくり音を拾い上げるように始まる。これもまた、Wayne Shorter ならでは演奏。5曲目ではピアノのリズミカルな演奏が心地よく、Miles Davis のソロとの絡みが際立つ。6曲目は、実は今まであまり熱心に聴いたことがなかったのだが、ドラムの切れ味が素晴らしい。'Nefertiti'は案外後半が聴きやすいかもしれない。

あまり回想ばかりするのは避けようと思うが、話を70年代後半に戻したい。'Miles Smiles'と'Nefertiti'が発表されてからは10年あまりが経ち、その後山ほどの話題作、または物議をかもす作品を発表したMiles Davisは活動休止中だった。このクインテットにいた他のメンバーたちは、めざましい活動をしていた。そんな彼らが、Freddie Hubbardを迎えてV.S.O.P.なるグループを結成し、公演を行うという話が耳に入った。当時ジャズを聴いていた方はよくご存知と思うが、あの5人が揃うとなれば、当然大ニュースだった。「マイルス抜きのマイルス・バンドだね」とバイト仲間が言うので、「同窓会ですか」と答えて笑った。しかし当時の自分のテーマが「決別」だったせいなのか、あまり心は動かなかった。第一、こんな企画でFreddie Hubbardの立場はどうなる、代打でもいいのか、などなどと考えたが、音楽業界はそんなふうに主義主張で動くものではないらしい。とにかく、日本のファンは大喜びだったし、自分だってV.S.O.P.のライヴ盤は喜んで聴いたのだから、ケチをつける理由はない。それに、アルバムの曲目を見れば同窓会企画とは呼べない。

あの頃はフュージョン系作品にマンネリ化が目立ち始め、そろそろ軌道修正したものが欲しくなった頃だった。もちろん地味でいい作品はまだたくさんあったが、誰だってたまにはオールスター戦のようなビッグネームの競演が聴きたくなる。ただ自分は、60年代後半作品の'Miles Smiles'と'Nefertiti'などに心酔していたので、ブームに乗りきれなかったのだと思う。

補足:アルバムの録音年月日等については、下記サイトから調べました。

<http://www.plosin.com/milesAhead/>

(続けてMiles Davis ' Plugged Nickel, Chicago'についても書くつもりでしたが、次回にします。)

2005年6月 岡崎凛)