シュールレアリズム簡約辞典

001

「眼」の周辺-1.02

▼眼の周辺

解 龍馬
2001/07/23(Mon) 22:57

…桂離宮に感動したブル−ノ・タウトの、「建築とはオブジェクトではなく関係性である」という思考に共鳴する。タウトは桂離宮を歩き、月見の縁から池のある御苑を見渡す。船着き場に向けられるタウトの視線は、動きのままに一叢のツツジの茂み、さらに橦堂、四阿(あずまや)へ通じる橋へと導かれる。そこには時間の流れがあり、意識と物質とが新たに接合されていく。主体と環境世界を結ぶ動的な関係性の網の目。

___西垣 通『IT革命』より

▼眼の周辺

天木祐治
2001/07/25(Wed) 02:31

建築とは、動線の組織化である、から、その動線が視線をいかに組織化するか、結局、「私」がその視線といかなる関係性を取結ぶか、である。
“PROVOKE”は不滅だ(^_^)

▼眼の周辺

ヌーボー・ロマンより

天木祐治
2001/07/26(Thu) 14:14

生きてあるということ、それはまず何よりも見つめる術を知ることだ。人生が確実なものと感じられない人たちにとって、見つめることは一つの行動である。それは生ける存在の第一の効果的享楽なのだ。彼は生まれた。世界は彼のまわりにある。世界は彼である。彼にはそれが見える。彼はそれを見つめる。両眼は動き、いっしょに方向づけられ、瞳は物を凝視する。数々の形は存在する。何一つとしてここでは不動ではない。すべてが気違いじみて動いて、動いて、動いている。視線は世界にその動きを与える。世界を組み立てる。角の数々を手さぐりし、数々の線、円味を帯びた線や直線の輪郭を辿る。何かに注がれて、色彩の数々を味わう。赤。白。青。さらにまた青、だがもっとくすんでいる。緑。べつの赤。べつの白。一つとして同じ色はない。あらゆる色が、眼差しの一つごとに作られてはこわされる。慣れてしまってはならぬ。しょっちゅう、一つ一つの新しいヴィジョンに茫然とせねばならぬ。

___ル・クレジオ『無限に中ぐらいのもの』

▼眼の周辺

解 龍馬
2001/07/27(Fri) 00:39

彼女の目は光りの塔だ、
彼女の裸をもつ額の下で。
透明さとすれすれに、
思想の曲がり角達が
耳をふさいだ言葉達を取り外す。

おまえの眼は白日の中に愛をつくる、
胴に開く微笑たちと
かむさるおまえの腕の唇たち、
おまえは愛撫たちの位置を占める
おまえは目覚たちの位置を占める。

ぼくらの眼はたがいに光りと
光りを投げ返す、それは
もう相手を見分けられなくなった沈黙だ
この沈黙は不在の向こうに生きのびる。

ぼくの手からおまえの眼へ
沈黙が旅をする。

___ポ−ル・エリュア−ル『愛すなわち詩』より

▼眼の周辺

岡崎 凛
2001/07/28(Sat) 23:42

虫に喰われてボロボロになっていく地図を眺めて―

燕尾服の紳士で代表される近親相姦が
熱い近親相姦の風の祝辞を受けている
疲れ果てた薔薇が鳥の屍体を支えている
鉛の鳥よどこにあるのだお前の歌の籠は
時計のくちなわのお前の雛のための餌は
死んだとたんにお前は酩酊した磁石になるのだ
聖なるクレチン病の音楽好きな亀の背中に乗って渡る太平洋の島々の瀕死の紳士を待つベッドの上のロープよ
お前はペストの犠牲者の霊廟かそれとも衝突する二本の列車の間の一瞬の平衡となるのだ
広場はみるみる煤煙と藁であふれて雨のように綿米水玉葱そして考古学の遺跡が降る
母の肖像を浮かべた金メッキのフライパンよ
三つの石炭の像が立っている芝生のベンチよ
ドイツ語で書かれた八枚の原稿よ
青い鼻の厚紙の中のウィークデーよ
石矢のように歩道に突き刺さり膀胱を病む者たちに激越な愛国心を目覚めさせるペルー共和国の各代大統領の顎ひげよ
お前はやたらとお辞儀をしたり使えないピアノの上で小麦を栽培する方法について助言したりする三匹の咽喉の乾いた犬よりも美しい小さな火山になるのだ

___セサル・モーロ/詩集『馬に乗った亀』/鼓直訳
(蛇足的説明…鼓氏によれば、ブルトンと交友が
あったこのスペイン語圏の詩人は、ラテン・アメ
リカ文学史上ほとんど無視されているという。)

 

▼眼の周辺

解 龍馬
2001/07/31(Tue) 00:57

オルタナティブによって、はすかいに開かれることを、忘れた眼、
それらが蒸し暑く垂れ下がり、太陽の黒く塗られた戦慄と律動
横切る海に裏切られる波間に、
揺らめく光りが黒い雨のように延びていく光りのギラツキ、
飛び交う痙攣する黒い翅
それらは蝶の群れだったようだ。
蒸しかえった光の中に、増殖中の光りが黒くたなびく……

斜めに傷ついた両脚が、海の下から伸び上がり、溺れたくらげの眼が海の下の雲に、跛行に酩酊し旋律に泳ぐとき

ぐるりと回った陸の上
煮えきった予想以上の燻りにサ−カスのテントが、破れた
腫れ上がったピエロの銅に、破れた斃死の点滴を打っていった、
革命の眼、そのくすんだ死へ行き場は無く
その先には、歩道橋に、股を披いた鱗で包まれた少女と手のはえた魚が
戸を開くカラスの鳴き声で、チュ−インガムのように笑っている。

それらは黒い光の中で起き、光りの中で途切れ、結論の無い出来事。

その先には、血塗られたカラスの眼がめくるめく螺旋に位置する
その先には、眼の無いカラスの舌と眼が舞い散る
砂ぼこりの
革命の深淵の眼

___解 龍馬

サドゥ−ルが帰ってきたときの、不安を満面にたたえた表情と、私の質問に直面して彼が陥った痛々しい困惑ぶりが、今なお眼に浮かびます。(アラゴンはブリュッセルに立ち寄っており、帰るのが2、3日遅れました)……そうです、万事順調に運んだのでした、そう、私たちの初期の目標は達成されたのでした、しかし、……実際、大きな「しかし」がありました。彼らが帰国の途につく1、2時間前に、私たちがそれまで維持してきた立場のほとんどすべての、否認とはいわないまでも、その放棄を謳った(共産党の)声明文が差し出され、二人は書名を求められたのです。すなわち、「弁証法的唯物論に反する−−原文通りに引用します−−かぎりにおいて」の(シュ−ルレアリズム)『第二宣言』との訣別、「観念論的イデオロギ−」としてのフロイト説と、「社会民主主義的かつ反革命的イデオロギ−」としてのトロツキ−主義の否認。そして最後に、ふたりは自分たちの文学活動を「共産党の規律と統制に」従わせる誓約をしなければなりませんでした。「で、どうした」いきなり私は問いただしたのです。
サドゥ−ルが黙っているので、「君たちは拒否したんだろうね」「いや」彼はいいました、「僕たちが−−君もさ−−党の文化機関で活動できるように望むなら、ここはひとつ甘んじて従う必要がある、とアラゴンは考えたんだ」。このとき初めて、私は深淵が眼下に口を開けるのを視たのです。この深淵は、それ以降、有効性の前には真実は屈服しなければならないとか、良心や個人の人格は全く考慮する必要がないとか、目的は手段を正当化するとかいった破廉恥な考えが広まるにつれて、めくるめく規模に達したのです。

___アンドレ・ブルトン『ブルトン、シュ−ルレアリズムを語る』より

▼眼の周辺

解 龍馬
2001/08/06(Mon) 22:31

おまえだけのために渦巻きが回っているのを視ると
心がドッと重くなって止まらなくなる
この荒れ狂った海がおまえを石と化す時
おまえの人生像がロケットのごとく飛び上がる
いつだってそうだ

“俺”を計算の中にいれてくれてもいい
おまえが俺の視界から出たり入ったりするのが視える
仲間達は今に何かがおまえを切り裂くだろうと言っている
何処からともなく現れて あてもなく
一緒に行こう 最期まで

俺は鳥のようだ
自分の欠点を忘れて人の眼の中に汚れを探す
おまえの息づかいがどうしても前と同じに感じられない
空気がない 俺は真空人間か
俺はおまえのドアの前に立って理由を述べることなんか
今さらできやしない

身を隠せる心さえどこかにあれば
どこかに時間の隙さえあれば
一日が永遠に続きさえすれば
俺は永遠に大丈夫なのに・・・

割れたボトルが宝石のように輝きさえすれば
もしこの結論がおまえに向けてのものならば
おまえが一度でいいから本音を言ってくれれば
俺は大丈夫なのに・・・

季節が軌道を誤って巡ってくる時
言葉が何一つ意味をなさず
カ−ペットの上に落ちてくる時
火が燃えるのを視るにはちょうど間に合うだろう
罪深く視えるが おまえの表情は明るい
いつでもそうなんだ・・・

俺は日中身を隠している
夢の世界から出てみると 俺の心は燃えている
ここには一度来たことあるような気がする
すぐそこに転がっている夢をみるがいい

___Sonic Youth "Mote"『Goo』収録
(中村美夏訳)

▼眼の周辺

天木祐治
2001/08/14(Tue) 01:18

イマッジュの乱用と過剰とは心の眼に調子と不似合な混雑を来す。ちらちらし過ぎると反って何も見えなくなる。

ポール・ヴァレリー

如何に多くとも乱用にはならないイマッジュの過剰は心の眼に調子と如何にも似合な混雑を来す。ちらちらする中でこそ、ものは反って判然(はっきり)する。

ブルトンorエリュアール

___堀口大学/訳・編『思考の表裏』

▼眼の周辺

天木祐治
2001/08/14(Tue) 01:23

自分の眼前に私は一点を見定める、そしてその一点をありとあらゆる存在とありとあらゆる統一の、ありとあらゆる離散とありとあらゆる苦悩の、ありとあらゆる充たされざる欲望とありとあらゆる死の軌跡として脳裡に思い描く。

その一点に私はしがみつく、するとそこにあるもののため以外には、愛る存在の生であり同時にまた死であるが故に、瀑布の輝きを有するその一点のため以外にはいかなる理由のためにも生きつづけることを拒否するまでに、その一点のうちにあるものにたいする深い愛が私を灼きつくす。

___ジョルジュ・バタイユ『死を前にしての歓喜の実践』
(生田耕作/訳)