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「暴力」1.02

▼「引用」という暴力

解 龍馬
2001/11/22(Thu) 03:44

引用という暴力について

シュ−ルレアリズムの内在的なその方法にのひとつに引用という既成との異質な要素の同一な平面に凶暴なまでに統一していくという美術的な方法があった。サンプリングという音楽上の引用は哲学者シュスタ−マン、美術評論家の椹木野衣が認めるように暴力的な奪用であり、また既成の、制作者の外にある美術、音楽、音からの略奪的行為である。むろんその引用によって、制作主体の実質が問われることから、制作物に対する暴力的なまでの評価が差し迫ったものとしてあるだろう。80年代から現代のラップまで、そして、80年代のハウス・ミュ−ジックが、ターンテ−ブルをスクラッチ為ていくことに、基本のターンテーブルとのスクラッチ効果によってよってうねるレイヴも、そのサンプリングという引用行為によって、資本主義の知的所有権と対立し、その不可解な持ち方を暴き指し示していた。
ラップは、その詩に、既成のR&Bから、白人のラップに対するまた黒人ゲットーに対する白人のエスタブリッスメントによる罵倒と非難をもサンプリングする。黒人たちの「引用」、また、サンプリングは、自らの過去の文化の再生的な価値の、現在的な再生として機能し、エスタブリシュメントに対してはその言葉を解体してしまう役割を果たしていた。初期ハウス・ミュ−ジックは、既成のレコ−ドのスクラッチと既成の音楽に拠って、その変態的なまた、音楽自体の上をレイヴという、音と音楽のグル−ヴに変形していたと伝えられる。
ラップは、ストリ−トの上に、踊る聴衆を集合し、ハウスはクラブという箱にグル−ブする、踊る聴衆を呼び寄せた。80年代は、シュ−ルレアリズムの巷にあふれた、「形」を変えたシュ−ルレアリズムの、無意識としての、意識下の、忘れられたルネッサンスであったのかもしれない。資本主義社会の持ち込んだ、私的所有権概念は、「知」という精神的な実体をも、所有権の概念に回収していった。
引用行為は、それ自体として、極めて、資本主義の所有権をまた近代のイデ−を問直す非所有権的暴力の問題としても設定できるのだ。

▼ギロチン社のこと

岡崎凛
2001/11/24(Sat) 23:58

…その日は嵐で、風はひどいし雨は吹きつける相憎の天気で、これではせいぜい五十人も集まれば上出来と思っていたのが、略八〇〇人。若い人たちが殆どで大杉栄、伊藤野枝五十周年記念追悼に集まった。
…(中略)…
大杉栄、伊藤野枝はご存知の様に日本の…(中略)…アナキストの先駆者で、今から五十年ほど前のこの日、九月十六日、甘粕憲兵大尉他二人の兵隊によって扼殺されたのである。私自身はアナキストでもなければ、瀬戸内女史のように大杉、伊藤を主題にした小説を書いたわけでもなく、またアナキスト、あるいはアナキズムの研究者でもないのに、どういう訳か公演を頼まれて了った。
…(中略)…むかし私が未だ本来の仕事をしていた頃、やくざやギャングのねたに尽きて、世の無頼派を探しているうちに見つけたのがアナキストからテロリストに変わっていったギロチン社の連中だった。みんな二十歳前後の若者で、ギロチン社の看板をかかげた家のなかは、青、赤、緑の三色の襖で仕切り、そもそも私が気に入ったのはこれで、一ぺんに彼らのロマンが分かって了った気がしたのだが、彼らはそこで年がら年中リャク(ゆすり、たかり)をし、金のある間はないもしないでぶらぶらし、何時かはきっと或る要人を殺さなければならぬ使命感をぎらつかせていた。
その頃は天皇を殺そうと話をし、成りもせぬ計画をしていた丈でも大逆罪をでっち上げられ忽ち死刑であるから、余程すね者でないとテロリストにもアナキストにもなれはしなかった。そして連中の人格が今の連合赤軍の人格に見られるような画一的でないところがまた面白く、一生不犯で初恋の女を追い続けて死刑になった者や、最下級の女郎に火のような恋を燃やし終身刑になった梅毒者や、母を想う歌を書き続け涙を流しながらテロを敢行した若者等々全てが特異な心情の持主なのである。
勿論彼らとてアナキストになるにはそれ相応の理由もあれば、理論も学んだだろうが、彼らの残したものには理論に対する理論など一つもない。つまり俺はこの理論をどう解釈するかなど一つも云ってない。只テロを敢行し、法廷に立った時にのみ所論は云う、がそれはことをなしてからのことで、それ以前に百語、千語を並べ立てるのは理論屋、学者、今の世の批評家で、そんなことで世の立てなおしが出来ぬと云っていたのは今の若者と同じで、同じでないのは同志うちのシゴキが少しもないことである。不犯の死刑者が連中をまとめるのに苦労した話はあるが、いづれも同志を失わないようにかばい立てをしてやっている。(続く)

___鈴木清順『夢と祈祷師』より
<九月は革命の月>
(初出は「ガロ」72年12月号)

▼石川忠司

解 龍馬
2001/11/25(Sun) 01:06

A:それによっておれが居心地の悪い思いをするのも近代の抑圧結果だろう(と、身を引く)。…まあそうやって全てに亘って接触を禁止したツケが過剰なセックスの重視となって現われた。

B:昔は「性の開放」とか言ってセックスが人間の自由を拓く役割を担っていたけど、今度はセックス出来ない(しない)奴は人間じゃあない、みたいに抑圧的側面の方がデカくなってんじゃん。そんな世界ではたとえ小説とは言え、登場人物にセックスさせないで、ただの肉体的接触を描こうと想ったらすごいストレスがかかると思うんだよ。セックスをさせないならさせないなりの強力な動機が必要とされる。…レイキがただ現代人を横たわらせるためにあれだけのとんでもない「強い」動機を必要としたようにな。

A:でもレイキってさ、改めて考えてみれば触って治す治療なんだろ、だったらあの「強い」動機は横たわらせることも含めて、そもそも現代人同士を「触り」あわせるためにあるのじゃあないか。

B:陣野俊史が「毛穴論」(『龍以後の世界』彩流社に収録)の中でこんなことを言ってるんだ.「『インディヴィジュアル・プロジェクション』の阿部和重は、『大きな物語の作者』だが、彼の小説の煩雑とも思えるくらいの緻密な構成は、それほどの仕掛けを施さなければ単純な暴力の行使さえ(たった一人の殺人さえ!)記述できないことの証明になっている。」この言い回しを借りれば、阿部重和が人一人を殺すために煩雑で緻密な仕掛けを必要としたように、『世間知らず』では、男と女がただ抱きあって眠るシ−ンを書くためだけに、男がホモで女は個人的事情で彼と住む羽目になりとかの様々な「仕掛け」が必要っだったてことになるね。…たかが言葉の操作とは言え、世間の通念に挑む小説家の闘争は大変だわ。

___「文学再生計画」石川忠司
『股間ヒ−リングの癒しのテクニック』

A:阿部和重の「無常の世界」(講談社)に入ってる「皆殺し」なんか、バイオレンスに対する姿勢の野放図さとか、一見不謹慎極まりないけど、あんまいやな感じがしないね。

B:阿部和重はもろ現代に密着した、成熟や均整とは無縁なチンピラ言語で書いてるからな。暴力を描いても、たちまちいろいろな社会的なコンテキストやノイズでの嵐に巻き込まれ、あるがままの暴力じゃあ無くなってしまう。…やっぱ俗世のノイズに塗れながら書かれてこそ「小説」だよな。

A:そもそも彼の小説の根本的なメッセ−ジは「おまえらを殺してやるではなくて「俺様の生きてるこの世界は不良品だから返品させろ」なんだ。…(中略)…でもこの苛立ちは「暴力衝動」や、何かに対する「憎悪」では決してない。「怒り」や「憤り」とも違う。要するに否定的ながらもそこに実存的な何かが賭けられている「実りある」感情では全く無くて、もっとみみっちく他愛ないもの、いわば甘やかされたガキの「文句」、正確にはただの「クレ−ム」だ。

___「文学再生計画」石川忠司
『暴力!』2000年出版

・・・Nirvanaの [In Utero]を聴きながら・・・。

▼マイ・ブラディ・バレンタイン

解 龍馬
2001/11/26(Mon) 02:23

…(中略)…ノイズとハ−モ−ニ−、渾沌とした暴力的サウンドとアンビエント的な安らぎ。このアルバムは、目まいを起こしそうなサイケデリアに母親の胎内にでもいるかのような安息感が同居して、稀有の美しさを湛えている。MBV--MyBloody Valentine--によるノイズ・ア−トがここに極まった感じだ。アルバムは、引きずるようなリズムにビリンダの漂白ヴォ−カルが被さる"オンリ−・シャロ−"で幕を開ける。幾重にも織り重なったエレクトリック・ギタ−の重奏による"ル−マ"、…「Loveless」 My Bloody Valentine

___ライナ−ノ−トより抜粋
宮子和眞 1991年10/18

・・Miles Davisの
We Want MilesのBack Seat Betty
を聴きながら・・。

▼「ギロチン社」その2

岡崎凛
2001/11/27(Tue) 22:57

こういう連中に理想的影響を与えたのが大杉で、而も大杉の運動(組合を中心とした相互扶助的なアナルコ・サンヂカリズム)から離れ、尚且大杉が殺されるとその復讐にテロ化したのがギロチン社の連中である。明治以来膨れ上がる資本と、それに直結した軍隊、更にそれを統括した天皇という巨大な塊に向ってやった彼らの計画と実行は真に児戯に等しい。天皇を殺そうと思っていたのが忽ちその戟先を首相の原敬に変え、変えたままずるずるになったり、朝鮮までピストルを買いに行って朝鮮人にまんまと五万円をとられたり、資金作りに銀行の出張所を襲い、人一人殺して奪った金が七十五円だったり、大杉復讐の元凶を憲兵司令官と見て狙撃した弾が空砲だったり、間が抜けている。彼らが一生懸命やればやる程、この間抜けがついてまわるところにたまらない魅力があるのだ。
コンピュータのような人間が、精密機械のように精確に事を成しとげて何の感動があろうか。女を買い酒をくらい、泣き笑い喧嘩をし無頼のような日常のなかから、せめて死ぬ時は<菊の花びら>(注:原文傍点)を握って死に度い、という崇高な精神を燃え立たせることが出来た若者の集団に、革命家の実際と浪漫が色濃く見えるのである。
私たちはいろいろの英雄を知っている。英雄はみんな革命家である。権力の野心に燃えた革命家である。野心だけが彼と彼をとりまく者たちによって革命をなし遂げた。而しアナキストたちにはそう云った野心がない。権力への野心が革命の人間的要因とすれば彼らは初めから革命の落第生である。彼らがアナキストからテロリストに走った原因も、彼らが自らを革命の落第生と見做したことによるのかも知れない。自分はもう死んでいる。生きているとはどうしても思えない。死んだ自分が動いて革命をやろうとしているのだ……(続く)

___鈴木清順著『月と祈祷師』より
(前回書き込みの続き)

▼Darwin's Waiting Room

解 龍馬
2001/12/02(Sun) 19:59

俺は悲歌と共に現れ 死が慌てるまで喋り続けるんだ
暴力教室の外では戦争が起こっている
戦いに備えろ
アメリカン・ドリームを夢見て眠ってる奴らは
今夜眼を覚ます
俺の唱える言葉から 俺の書くものから謎が解明する
第二修正案には修正案が必要 基本的人権ではなく
自分の眼にしいてるものに賛成できない
こんな愚か者の慰みには
インディアンたちがみんなの被り物をつけたがる
俺たちは休みの間に死にかけてる子供たちを
忘れることが出来るんだろうか

もう変化にはちょっと遅すぎる あんたの顔はうつむき
俺の頑なで荒々しい心によって血塗られている
憎しみに捉えられても 時の経つうちに忘れて
銃に弾を詰めこんで 準備は出来た
銃声が俺の悲鳴をかき消してしまう

…中略…

この国の実情を正確に把握していない
まるでわかっていないな
消火器が人口よりもすごい勢いで増えているんだ
待ちきれないほどに武装して 死に別れることに夢中になって
年を取るまで生きることが俺たちの新しい達成基準になっている
メトロポリスはみんな死滅都市と化して
核家族に武装放棄を 人でなくてライフルを押さえつけろ
人間関係は空っぽの覆いのように虚ろ
時は迫っている 俺たちが直面しているのは煉瓦の壁だ

…略

___“Transparent”「Orphan」に収録、
Darwin's Waiting Room 2001年

際立った娯楽がないような南部マイアミで結成されたバンド。メンバーは、ジェイプがメロディアスなヴォーカル。グリムがラップを担当。エディ・ザ・キッドがメタル的なノイズのギター担当。ベース、アレックス。ドラムス、ジョー。という構成らしい。攻撃的なラップと繊細なボーカル、重量感のあるベース、ドラムの突き放したような乾いた音。メタル的な音でもあるが、ノイズが混じった、歪んだギターの踊り、オルタネイティヴ、ラップの攻撃性と挑発的な質感、ヘビーなリズムベース、メロディアスな美しさ、ロック音楽であると同時に、ヒップホップであるライムのミクスチャー。