雑団第10回公演
『船を出せば虹がたつ』
感想ノート

 

―ー「ワタシタチ、人間らしく、なってきたね」
人形たちが願いを込めて語る。
少年が目覚めるとき、人形たちは消えていくのだろうか。それとも―ー

シンプルなステージに現れた白い衣装の人物が取り出すもの、それは白い紙。彼が探すものは鋏。何のヒントもなくこの物語は始まる。

この人物は鋏を探し、やがて白い布に奇妙な顔の書かれた、もう一人の人物が現れる。あれこれと言葉が交わされ、最初の人物に鋏が手渡される。二人はそれぞれの白い布と、白い衣装を切り開く。下に着ているのは、黒いシンプルな服。

やがてこの話では、紙が自らの人型を切り出し、人形となり、そして人間となろうとしているのと気づく。平行して語られる少年の言葉を聞きながら、この人形たちの住処は少年の夢の中なのだろうかと思い始める。それとも彼らは、少年が時に手にして遊ぶ紙人形たちだろうか。※提示される謎めいた言葉を手がかりに、いろいろと解釈をしてみるが、それとて、舞台上の「人形たち」のとらえどころない会話にも似て、刻々と変化してしまう。その中でただ一つ明白なのは、生身の人間になりたいという人形たちの願望だ。

紙から人間へと変身したい人形たちは、真剣にごっこ遊びを続ける。ごっこ遊びは幾通りにも演じられる。ときに彼らは、愛ある世界を生きようとする。ときに相手を罵り、憎しみのある世界を生きようとする。紙の上の世界にはない、生身の人間の生活を。

人形たちが駆け巡るのは少年の夢の中なのかもしれないが、舞台を見るときは、そんな解釈はとりあえず置いておけばいい。役者の体温が伝わる距離で、笑いに巻き込まれながら。

中盤から動きの多い演技が舞台に繰り広げられるが、物語は基軸となる少年のメッセージから遠ざかることなく進んでいく。積み上げられる要素のいくつかを挙げれば、寛一、お宮のステロタイプ化した恋愛物語、さらには下世話ネタ、そして彼方にある、虹のイメージ。その他のさまざまな要素に加えて、紙の着せ替え人形からヒントを得たと思しき、スクリーン上の映像による「衣装」や、短編映画(作者の本音としか思えないコメントには爆笑させられた)の挿入が、全般にシンプルな舞台装置とコントラストを成し、際立った効果を上げている。

雑団の公演は、2年前に一度見せていただいた。このときの作品は、さまざまな水路を流れてゆく水の分子たちの、生き別れていく仲間の物語であり、こちらの脚本もやはり、高尚さと大衆性の両面をバランスよく持つ作品だった。

この劇団の魅力はなんといっても、完成度の高い脚本を、役者がほぼ等身大のままに演じきっていることだ。役者たちは極めて自然に、異世界を演じる。もしくは観客にそう思わせる技量を持っている。彼らは平易な言葉を積み重ね、観客を置き去りにすることなく、記憶するに足る時間を与えてくれる。

こうした資質を維持する雑団とそのスタッフに拍手を送りたい。この劇団は、今後の公演でも、今回のような一見シンプルだが奥行きのある舞台を見せてくれることだろう。これからの活動をできるだけ見守りたいと思う。

 

公演お知らせメールからの抜粋:

拾得30周年記念/雑団第10回公演
『船を出せば虹がたつ』(作:演出/尾崎隆夫)

日時:2003年2月23日(日)午後6時会場/午後7時開演
場所:拾得(大宮通下立売下る)
出演:片岡ちよ
   前田正樹
   山代正俊
   JINN
   茂山あきら(映像出演)
音楽:ふちがみとふなと
  (今回は、生演奏はありません)
映像:櫻井篤史
美術:開田エミ
音響:高橋正幸
照明:菅原美典
舞台:清水洋策
進行:村島洋一
舞台監督:關秀哉
拾得製作:寺田大海

製作:雑団衆
協力:拾得 RYU F.B. 酒処たかはし